”真実は一つではない”ことを表すシグネットリング
こんにちは。KUBUSの斎藤です。
僕にとっての大きな楽しみの一つ、美術鑑賞へ先月も行ってきました!今回向かったのは、ポーラ美術館で5月19日まで開催されていた『ポーラ美術館コレクション展』。
僕の大好きなゴッホの作品を見られるということでそれを目当てに行ってきたのですが、他に展示されていた絵画の作者たちも錚々たるメンバーでした。
エドゥアール・マネ、ポール・セザンヌ、ベルト・モリゾ、エドガー・ドガ、クロード・モネ、カミーユ・ピサロ、ジョルジュ・スーラ、ポール・ゴーギャン、フィンセント・ファン・ゴッホ、ピエール・ボナール、パブロ・ピカソ、アンリ・マティス
「印象派〜新印象派〜ポスト印象派〜キュビズムやフォーヴィスム」といったように時代順に並べられていて、19世紀後半から20世紀初めにかけての美術の歩みを感じられる素晴らしい展示でした。
会期終了間近の平日の朝イチに訪れたこともあり、ほとんど貸切状態で、ゆったりと自分のペースで鑑賞することができました。最初は順番通りに観て絵画の変遷を感じたり、次は中でも気になった作品に集中してじっくりと眺めてみたり、あえて離れたところから俯瞰してみたり、中央にあったベンチに腰掛け図録で解説を読みながら目の前の実物を改めて観てみたり、、、。とにかく色々な方法で鑑賞を楽しむことができました。
中でもやっぱり衝撃的だったのはゴッホの作品。
今回展示されていたのは、ゴッホが亡くなる1ヶ月前に制作された『アザミの花』という作品です。
僕にはこの絵から、何とかして生きようとするゴッホの強さを感じます。
今回の展示の中で一際小さい(40.8×33.6cm(ポーラ美術館図録より))のに、その存在感は凄まじかった。展示室に一歩踏み入れた途端、僕の目線を掴んで離さないこの絵は、僕には自ら光を放っているように見え、そして「ここにいるぞ!生きてるぞ!」と声まで聞こえてくるような感覚がありました。今でも思い出す度に胸が熱くなります。
実物には遠く及びませんが、お土産にポストカードを買って帰りました。ゴッホに見守られながら毎日制作をしています。
僕が行った展示は終了してしまいましたが、2024年6月1日〜12月1日に同じくポーラ美術館で開催される『印象派からリヒターまで』の展示作品もリストを見たところかなり豪華で、『アザミの花』も展示されているようです。機会がありましたら皆さんも行ってみてくださいね。
きっと僕はまたゴッホに会いに行ってしまうだろうと思います。もしゴッホの絵に見入っているシグネットリングを身に着けたひょろひょろな男を見かけたら優しく見守ってやってください。笑
今回のブログで紹介をするご依頼品は『”真実は一つではない”ことを表すシグネットリング』。
メールでの打ち合わせを主としているKUBUSですが、今回はご依頼にあたって工房で直接お会いするところから打ち合わせを本格的にスタートしていきました。
号数やシグネットリング本体の形状・フェイスサイズ、何を彫刻するかやどのような雰囲気のデザインがお好きか、そしてどのような想いを込めたいかといったことなどを伺いながら打ち合わせを進めていき、制作をさせていただくことになったシグネットリングはこのような内容に決定しました。
- 形状:Ovalシェイプ
- フェイスサイズ:15mm×13mm
- 素材:K18YG
- 手彫りモノグラム彫刻:「千S」”紋章のようなデザイン+模様やモチーフ”
- 彫刻の向き:反転彫り(スタンプをした際に正しい向きになるように彫刻すること)
このように箇条書きにしてしまえば、打ち合わせは簡単にあっという間に完了するように思われる方も中にはいらっしゃるかもしれません。
ですが、HPに掲載している作品が多様なように、指の太さや手の大きさはもちろん、お好みやKUBUSのシグネットリングを身に着けたいと思ってくださった経緯は皆さん異なりますから、メニュー表を見せて「はい、ここから選んでください」とはいきません。だから、お一人お一人に合わせて説明や質問の仕方を変えながら、制作と同じように打ち合わせもじっくりと向き合ってやらせてもらっています。
今回紹介する作品もなかなかに彫刻の内容がたっぷりなので、早速シグネットリング本体の造型作業が完了した状態をお見せしちゃいます。
こうしてシグネットリング本体を制作するのと並行して進めていたモノグラムデザインの作成。今回はアルファベットだけでも漢字だけでもなく、それらを組み合わせたモノグラムのご依頼です。お名前のイニシャル「千」と「S」をメインに、モチーフなどを組み合わせながらオリジナルのモノグラムを作成させていただきました。どのようなモノグラムなのかは後ほど説明しますね。
彫刻へと進んでいく前にデザインをご提案し、決定していただけたモノグラムをシグネットリングへ下書きしていきます。あくまでも下書きなのでざっくりアウトラインを書き込んだ程度ですがこんな感じ。
まだほとんどどのようなデザインか分かりませんね。笑
それでは、彫刻開始!じっくりと魂を込めながら彫り進めていきます。
「S」、「千」の一部、モノグラムの周囲を一段彫り下げるところまで完了しました。ある程度形になっているように見えるかもしれませんが、まだまだこれからです。
彫刻が進むにつれて机がタガネだらけになってきました。
「千」の横線を表す「鍵(+王冠)」が彫れました。
いよいよ大詰め。モノグラムを取り囲むように一段彫り下げたところへ更に文字を彫り込んでいきます。その様子を一部ではありますが映像にしてみましたのでご覧ください。
エングレービングマシンと呼ばれるコンプレッサーの動力を用いる方法だと彫刻中に「ビーーーン」とタガネの刃を振動させる音が出るのですが、僕が行うような古典的な彫刻スタイル(詳しくは『KUBUSの手彫り彫刻技法』をご覧ください)はこれまでの写真にあったように超アナログで簡素な道具を用いるため、金属を彫っていく音が聞こえます(裏山にいる小鳥たちの朝を告げる元気な声に押され気味ですが。笑)。
いかがでしたか?かなーり細かい作業なのがお分かりいただけたのではないかと思います。文字の背景である帯の部分は幅1mmで、そこに収まるように文字を彫っていく訳ですから、一文字あたりの大きさは1mmに満たない程です。自分で彫ったくせに解説していてめまいがしてきました。笑 それほどの細かさです。
動画の中でちょいと見えてしまっていましたが、彫り終えた写真もどうぞ!
彫刻が完了し、ようやくこちらのモノグラムの全貌が確認できるようになりましたので、ここでデザインについての紹介を少し。そのためにギュンと近づいてみます。
今回は反転彫りでのご依頼のため、このスタンプをした状態がこちらのモノグラムデザインの正しい向きです。
シグネットリングへ込めたい想いとして打ち合わせの際に伺った『真実は一つではない』という意味合いを、ご依頼くださった方のイニシャル「千」と「S」を組み合わせながら表現させていただきました。
「千」の横線として用いた「鍵」には”幸運(扉を開ける)”の意味があり、加えて「鍵」を「千」の一部として用いたのにも意味があります。
鍵を一本だけ描いてしまうのでは、まるでたった一つの真実に向かって突き進んでいくように感じさせてしまうと考えました。それではこちらのシグネットリングのテーマである『真実は一つではない』を表すには相応しくありません。そこで、数が多いことを表す漢字である「千」を構成する一部として「鍵」を描くことでそれを表現していきました。
更に鍵山の部分でもその意味合いを拡げられるよう仕掛けを施しました。先ほどの拡大した写真でもかなり小さいので分かりにくいかもしれませんが、鍵山には”Truth is Not One”の頭文字「TNO」を組み合わせたミニモノグラムも彫刻しました。鍵の持ち手の部分にはご依頼くださった方のお好きなモチーフ「王冠」も取り入れています。
そして何よりこちらのモノグラムの中で最も印象的なのは、「千S」を囲うように彫刻した英文ではないでしょうか?
単に「千S」の周りに文字だけ入れるのではデザイン的にあまり美しくありませんから、帯状に一段彫り下げたところへ更にアルファベットを彫刻していきました。
刻んだのは「AA or 72 or・・・PR(斜線で打ち消し)LAY THE CARDS YOU’RE DEALT」。こちらはご指定いただいたモットーで、『どんな状況でも持っているもので最善を尽くそう』という意味が込められています。
デザイン画を作成する際にもこれでもかと意味や想いを込めながら描かせていただいていますが、こうして実際にシグネットリングへ彫刻されると更にそれが輝くような感覚がいつもあります。シグネットリングに彫刻するためのデザインなのだから当たり前と言えばそれまでなのですが、描いたデザインが制作を進めていくにつれて成長していくのを目の当たりにできるのは神秘的な体験です。
仕上げの研磨を行ったら、いよいよ完成です!!
ご依頼くださったSさま、この度は誠に有難うございました。制作させていただいたシグネットリングをよろしくお願いいたします。
今回も盛りだくさんなブログとなりましたがいかがでしたか?
簡単に作る方法なんていくらでもありますし、それをさも難しいことのようにアピールすることも簡単です。ですが、誰かの心を掴むような作品を生み出すためには、制作している自分自身が一番心を震わせながらそれを行っていなければならないと僕は考えています。それを突き詰めていくと、難しい方法ばかりを採らなければならないことになるのは仕方がありません。だからどうしたって一つ一つの作品への思い入れが強くなり、ブログが短編小説のような長さになってしまいます。笑
作品制作という行為は、自分自身の感情や感覚に嘘をついてしまった途端に一気に崩れ落ちます。商業的なサイクルに呑み込まれ、放っておいても誰かが作るような物を作るよう求められ続け、最悪の場合は一切の制作をする気力を奪われてしまいます。
制作者にとってそうした結末は不幸以外の何物でもありません。正直であり続けるのは確かに辛いし苦しい時もあります。正直であるがために誰かを傷つけてしまうことだってあります。
でも、真っ直ぐな人が生み出す作品が光を放っているのをこの身体で感じてしまいました。そうした作品が人々を魅了することを知ってしまいました。
だから僕もそうした作品を創り続けるために、これからも自分や人や世界と真っ向から関わっていきます。
KUBUS 斎藤
[参考文献]
- ポーラ美術館収蔵作品紹介『アザミの花』1890年 フィンセント・ファン・ゴッホ(https://www.polamuseum.or.jp/collection/016-0020/)
- 『アザミの花』1890年 フィンセント・ファン・ゴッホ(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Van_Gogh_-_Vase_mit_Blumen_und_Disteln.jpeg)
【Gallery】Hand Engraved Oval Signet Ring(K18YG) 「千S」+「鍵(+王冠)」+「モットー」
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