全ての文様の母であるアラベスク模様に包まれたシグネットリング
こんにちは。KUBUSの斎藤です。
数日前、これからの僕の制作人生に大きな影響を与えてくれるであろう芸術家とまた一人出会ってしまいました。その芸術家の名は『エゴン・シーレ』。オーストリア出身の画家です。(エゴン・シーレについてのwikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/エゴン・シーレ))
実を言うと名前を知ったのが数日前なだけで直接目の当たりにした訳ではないものの、作品自体は以前から知ってはいました。
休憩中にインスタグラムを眺めていた時、たまたま一枚の絵に目が留まりました。特徴的なタッチで描かれている男性が一見こちらを睨みつけているようだけれど、その目線はその男性自身に向けられているようにも感じる不思議な感覚の絵でした。
なぜこの絵が気になるのか分からない。でも、きっとまた見たくなる時が来るだろうからと、その画家公式と思われるインスタグラムアカウントをとりあえずフォローして、その時は特に調べることもなく自分の制作へ戻りました。その後しばらくその絵のことを忘れていました。
普段は作業部屋にこもってほとんど外へ出て行かない僕ですが、用事ができればたまに街へ繰り出すこともあります。そんな時に必ずと言っていいほど寄り道するのが本屋さん。
幸い近所にも本屋さんがありますが、田舎だからどうしても品揃えはお世辞にも豊富とは言えません。特に僕が一番求めているアートの棚は、首を動かさなくても並んでいる本を全て確認できるくらい少ない。それでも毎回行く度に新しい発見がないかと、健気にその細い細いアートの棚をチェックしています。笑
先日も街へ出る機会があり、たまたま大きな本屋さんがありました。いつものようにアートの棚目掛けて歩いていくと、、、あるではありませんか!太い棚が!!
頻繁に来られるような場所ではないから、一冊一冊入念にチェックしていきます。見たことがない本はないか、好きな芸術家について書かれたまだ持っていない本はないか。
そんな時ある本の表紙に描かれた絵に目が留まりました。「このタッチ見覚えあるぞ?」そう思い、パラパラとページをめくっていくと、、、。ありました!あの時気になっていたまさにあの絵が!表紙には『EGON SCHIELE』とあります。あの絵を描いたのはこの人だったのか。
てっきり現代のアーティストだと思っていましたが、1890年生まれの方だということをその時知りました。
僕は作品に魅力を感じるとそれを創造したのがどんな人物だったのか気になってしまうタイプです。自分が惹かれる作品を生み出した人物なら精神的に通じる部分がきっとあるだろうと考え、物事の捉え方や制作をする上での苦しみや痛みに共感することで繋がりを持ちたいのだと思います。
最初に手に取った隣の本に目をやると、帯に『シーレ自身の言葉で綴る生涯と作品』とあります。まさに制作者のことを知るのに持ってこいの本です。
試しに数ページ彼の書簡に目を通してみると、ある人物が書いた文章を読んだ時と近い感覚を覚えました。
その人物とは、以前のブログ『ご結婚指輪としてのシグネットリング』のオープニングトークでも紹介したフィンセント・ファン・ゴッホ。かなり感覚的な部分になるため、どこがどのようにどうして近い感覚になるのか論理的に説明することはまだできませんが、とにかく近いものがあるのです。
きっと僕は憂いを強く感じさせる人物が生み出す作品やそのアーティスト自体にグッと来るのだと思います。そして、孤独な制作活動に勇気を与えてくれます。周りが悩まないところまで突き詰めて悩んでしまうような感受性と、それを何とか克服しようともがき続ける情熱、そして自分自身を無視しない直向きさと優しさを持っているアーティストは信用に値します。
エゴン・シーレも僕にとって友人のような存在になってくれたら良いなと願いながら、彼との出会いの記念に本を手に入れました。
今回のブログで紹介するご依頼品は、『全ての文様の母であるアラベスク模様に包まれたシグネットリング』。
ご依頼にあたってリングゲージやサンプルシグネットリングをお送りし、号数やお好みのシグネットリングの形状及びフェイスサイズをご検討いただくところからスタートしていきました。
時には手のお写真を送ってもらいアドバイスをさせていただきながら。素材についても各金種の特徴をご紹介しながら、シグネットリングの輪郭を一緒に描いていきました。
そして、このような内容でご依頼を頂きました。
- 形状:Ovalシェイプ(側面のくびれを抑えてボリューム感を)
- フェイスサイズ(印台サイズ):13mm×11mm
- 素材:K18YG
- 手彫りモノグラム彫刻:「K」+「つる薔薇」(”紋章のようなデザイン+模様やモチーフ”(Kは筆記体をもとにした流れるようなデザインに))※アラベスク模様の要素を入れながら
ここまではご依頼くださった方にも色々と考えていただかなくてはならないので、オーダーの際には大変かもしれませんが、内容が決まってしまえばあとは僕が工房で格闘するだけです。
まずは例のようにシグネットリング本体の造型作業が完了した状態の写真から。
打ち合わせの中でボリュームのあるシグネットリングがお好みと伺い、送っていただいた手のお写真やご着用予定箇所から、ボリュームを出すために「側面のくびれを少なくする」といった方法をご提案しました。この方法なら横への張り出しが大きくなって隣り合う指に干渉してしまうこともなく、また、重量増も最低限に抑えながらボリュームを出すことができます。
左が普段制作をしているOvalシェイプのくびれ加減、右が今回制作させていただいたシグネットリングです。くびれを少なくすることによって指の曲げ伸ばしを邪魔してしまってはいけませんから、そこはこれまであらゆるシグネットリングを制作してきた経験を活かして良い塩梅に造型しています。
今回は造型作業完了時の途中フィッティングも承っていましたので、一旦お送りしてご試着いただき、いよいよシグネットリングの制作工程の花形である手彫り彫刻へと移っていきます。
KUBUSにおいては、手彫り彫刻に着手するということはシグネットリング本体の造型作業が完了しただけでなく、彫刻デザインが描き上がったことも意味します。
彫刻デザインはいつもシグネットリング本体の制作と並行して作成していくのですが、最も産みの苦しみを感じる工程。ですが、今回もなんとか描けました!
途中フィッティングの際に提案し、ご決定いただけたモノグラムデザインを彫刻に備えてシグネットリングへ下書きしていきます。※反転彫りでのご依頼のため、デザインを反転させて下書きしています
下書きではどのようなデザインか分かりにくいと思いますので、モノグラムの説明は後ほど。
いざ、彫刻開始!KUBUSの彫刻スタイルはかなり古典的な方法を採っているので、サクサクなんて彫れません。グッグッと力を込めながら少しずつ彫り進めていきます。こうした手彫りの技法を用いているからこそ、力強さと繊細さが共存した、えも言われぬオーラを纏ったシグネットリングにすることができます。
細かいデザインなので時間がかかってしまいましたが、無事に彫れました。
反転彫りの場合はスタンプをすることで正しい向きになります。こうして見ると、手のひらどころか指先サイズのところへ彫刻しているのがお分かりいただけるのではないかと思います。
普段は”紋章のようなデザイン”や”紋章のようなデザイン+模様やモチーフ”で承った際にはアルファベットをどっしりとした線で描いていくことがほとんどなのですが(詳しくは『モノグラムの手彫り彫刻』をご覧ください)、今回は流れるようなデザインで「K」を描きつつモノグラム全体としては”紋章のようなデザイン+模様やモチーフ”となるようにとのご依頼なので、中心に描いた「K」に絡みつきながら包み込むようにして「つる薔薇」を描いていくことで、全体として紋章のようなまとまりのあるデザインに描いていきました。
モノグラムデザインのご希望として「アラベスク模様(唐草模様)」がお好きだと伺っていましたので、つる薔薇はそれを参考にしながら幾何学的な反復性を感じさせるようなデザインに。
アラベスク模様は以前から知ってはいましたが、それについて深掘りして調べたことはまだありませんでした。今回制作させていただくにあたってその状態のままでは相応しくないと考え、実はイスラーム美術に関する本を購入して勉強するところから今回の制作はスタートしていました。ちょうどイスラーム建築の壁面装飾として描かれている文字模様(カリグラフィー)の美しさに以前から興味があったので良い機会を頂きました。
アラベスク模様について調べていくと、偶像崇拝が禁じられたイスラームにおいて発展した非具象的な装飾の一つだったそうです。したがって、本来であれば植物をモチーフとして取り入れる際には図案化して描いていきますが、特に今回はイスラーム美術に基づいたシグネットリングということでご依頼を頂戴した訳ではありませんから、そうした背景を知った上で自由に描かせていただきました。
アラベスク模様の”幾何学的な反復性を持った曲線”といった要素を取り入れながら、つる薔薇の花やギザギザとした葉や実、棘をある程度写実的に描き込むことで独自のモノグラムを描いていきました。
イニシャルにつる薔薇が絡み包み込むような姿に、こちらのシグネットリングをご依頼くださった方を守ってくれるシグネットリングとなるよう願いを込めて。
KUBUSの彫刻は表面だけを彫る浅彫りとは違うから、角度を変えて見た時の表情も豊かです。
当初伺っていたご希望であれば仕上げをしてこれにて完成!となるのですが、実はモノグラムデザインご提案時に追加の彫刻のご依頼もいただいていましたので、更に制作を進めていきます。
追加していただいたのは、
- 手彫り彫刻(フェイスを挟んで両側面に):「アラベスク模様」
まずは、モノグラムと同様に彫刻デザインを作成していきます。
先述の通り、フェイスへ彫刻したモノグラムではつる薔薇をある程度写実的に描きながらアラベスク模様を表していきましたが、側面もそのようにしてしまうとフェイスのモノグラムの特別さが薄れてしまうと考えました。そこでここでは具体的なモチーフを用いずに、植物の生命力を連想させるような抽象的なデザインでアラベスク模様を描いていきました。
デザインをご提案し、無事にこちらに関しても確定していただけましたので、改めて彫刻作業を進めていきましょう。
フェイスを挟んで左右対称の模様を彫刻していくのですが、同時にもう片方を見ながら彫ることができないので、時折もう一方を確認しつつ自らの感覚を信じて彫り進めていきます。
よし、彫刻完了です。
全ての彫刻を終えた達成感に包まれながら作業部屋で眠ってしまっていたようです。
目覚めたら彫刻台の上でシグネットリングが命を吹き込まれたように輝いていて、思わずシャッターを切りました。
さぁ、仕上げ磨きをしたら遂に完成です!!!
物の本によると、唐草・アラベスク模様は『すべての文様の母』と言われているそうで、その起源は古代オリエントにあるとされています。そして、シグネットリングの起源も古く、古代メソポタミア文明にあるとされていて、古代エジプト時代にはすでに指輪として形になっていたほど長い歴史を持つことから、『指輪の祖先』とも言われています。
”文様の母”と”指輪の祖先”。字面だけでもただならぬパワーを感じますが、更にご依頼くださった方のイニシャルとお好きなつる薔薇が組み合わさることで、正真正銘の”署名の指輪”がここに誕生しました。
オーダーくださったOさま、この度はご依頼本当に有難うございました。仕上がったシグネットリングを見ているとその芸術性の高さに癒されるといったお言葉を頂き、作品を芸術品だと認めていただけたのだと感激しました。そして、再びOさまに制作させていただける機会を頂けるなんて!!すごく嬉しいです。今回お届けしたシグネットリングに負けない程の特別な品を制作させていただきますので楽しみに待っていてくださいね^^
制作した作品を芸術品と認めてもらえたということは、それを生み出した僕を芸術家だと認めてもらえたということでもあります。
僕は工芸家ではなく芸術家でありたいと思っています。なぜなら、技術的な職人技を第一に見せたいのではなく、技術はあくまでも僕にとって最も信頼の置ける道具だからです。技術的なあれこれよりも制作を通して学んだ感情をブログに分厚く綴っているのがその証拠。技術という道具を最大限利用し、ご依頼くださった方とのコミュニケーションの中で育まれた共感をシグネットリングとして表現したいのです。
それはKUBUSがなければ自分や人と上手く付き合えない僕にとって、唯一と言っていいほどの自己表現の方法であり、それと同時に自分や自分以外の世界との関係性を作り、結んでおくためになくてはならない言語でもあります。
この声が自分にしか出せないように、生み出される作品も自分にしか表現し得ないものであるのが僕は自然だと思います。それにも関わらず、その人の声が聞こえてこなかったり、あまりに誰かと似過ぎていて(時には同じに見えることで)他の人の声に聞こえてしまうような作品も多く見かけます。
確かに独自の作品を生み出すのには苦しみが伴います。技術”だけ”ではそれを実現できないからです。芸術家はそうした苦しさよりも、つまらない作品を生み出してしまうことの方が苦しいのを知っています。もがきながら必死に表現した結果だからこそ、そこに制作者の色が滲み出て人の心を掴むのです。
それに対して、独自の作品でないもの、つまりその苦しみを避けて作られたものは僕からすると退屈に思えてしまいます。それなのに「手作業=オリジナル」だとして、さも自分にしかできないものを作っているように見せているのを目にすることがありますが、見る人から見れば空っぽなのは一目瞭然です。
僕は人にも自分にも嘘をつきたくないから、芸術家であり続けるための苦しみなら喜んで迎え入れます。
公園を散歩していた時、たまたま蔓薔薇を見かけました。時期を過ぎて花はもう咲いていませんでしたが、葉や棘の生え方や蔓が巻き付いている様子、花の時期が過ぎたからこそ特に見てみたかった実の様子も沢山観察することができました。
このシグネットリングを制作させていただく前なら「もう花は咲いていないのか。残念だったな。」くらいにしか思わなかったかもしれません。ですが、作品を通して学びを得たことによって、世界が広がりパッと明るくなるような瞬間を体験できました。
僕にとっての制作活動の意義は、自らや作品を届ける皆さんの世界を広げるための行為なのだと改めて実感しました。
この度のブログも長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださった皆さんありがとうございました!また次回のブログでお会いしましょう。
KUBUS 斎藤
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