古代エジプトで確立された印章指輪の造形と象徴性は、地中海世界へと広まり、ローマ帝国の時代にさらなる発展を遂げることとなります。
ローマでは豊かな資源と広大な交易圏を背景に、皇帝や元老院階級を中心とした高度な印章指輪文化が育まれます。帝国の繁栄とともに多彩な宝石が用いられるようになり、宮廷には精緻な彫刻技術をもつ職人たちが集められました。
<アウグストゥスと肖像印章>
ローマにおける印章指輪は、単なる装飾品ではなく、権威や身分、さらには個人のアイデンティティを示す重要な役割を担っていました。
その代表的な例として、初代ローマ皇帝 アウグストゥス(オクタウィアヌス)の存在が挙げられます。彼は宮廷彫刻家ディオスコリデスに自らの肖像を刻んだ宝石を制作させ、これを印章指輪として用いていました。※宮廷職人ディオスコリデスは、「植物学・薬理学の父」として知られるペダニウス・ディオスコリデスとは同名の別人です。

Emperor Augustus. Ruby intaglio / 皇帝アウグストゥスのルビー製インタリオ / 1世紀頃 / Photo by TimeTravelRome, CC BY 2.0
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Emperor_Augustus._Ruby_intaglio._Attributed_to_Dioscorides,_1st_century_AD.jpg
アウグストゥスが自らの肖像を印章指輪に用いたのは、アレクサンドロス大王の先例にならったものであったと伝えられています。実際にアレクサンドロスの肖像が彫刻された印章指輪も確認されており、ローマ帝国成立以前から、支配者が自身の肖像を印章に刻むという表現は存在していました。
書籍『指輪』にも、「これは後継者のみならず、皇族以外からも範とされ、当時の習わしとなる」(『指輪』, p.12)と記されており、こうした点からも、支配者が自らの肖像を印章指輪に用いる行為がその後の支配者たちにも受け継がれ、印章指輪が当時の社会において重要な役割を担う装身具として広がりをみせていたことがうかがえます。

Gold Ring / ゴールド指輪 / 紀元前4–3世紀末頃 / The Metropolitan Museum of Art アレクサンドロス大王の肖像がヘラクレス姿で彫刻された指輪とされる
<初期キリスト教における印章の変化>
印章指輪は初期キリスト教時代にも広がりを見せましたが、従来の権威や権力の象徴といった従来の使用目的とは異なりました。
アレクサンドリアの神学者クレメンス(Clement of Alexandria)は、キリスト教徒の倫理と日常生活の指針を記した著書 Paedagogus / The Instructor 第3巻第11章において、キリスト教徒が着用する印章について次のように述べています。
“And let our seals be either a dove, or a fish, or a ship scudding before the wind, or a musical lyre, which Polycrates used, or a ship’s anchor… For we are not to delineate the faces of idols … nor a sword, nor a bow … nor drinking-cups …”(Clement of Alexandria, Paedagogus III.11)
ここでは、印章には鳩や魚、船、竪琴、錨といった象徴的図像を用いるべきであり、偶像の顔や武器、酒杯などを刻むべきではないことが示されています。このことから、印章に用いるのはキリスト教徒的価値観に沿った象徴のみとすべきであり、当時広く用いられていた異教の神々の肖像や神話的図像を避けるべきであるという姿勢がうかがえます。
下の画像はキリスト教の象徴が刻まれた印象指輪の一例です。「新約聖書のヨハネによる福音書」に登場する善き羊飼いを象徴するデザインが彫刻されており、この善き羊飼いのモチーフは、キリストを群れを導く存在として表す初期キリスト教美術の代表的な象徴の一つでした。

Intaglio Ring with The Good Shepherd / 善き羊飼いのインタリオ指輪 / 4世紀頃 / The Walters Art Museum
イエスは次のようなたとえを語っています。
「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。」(新約聖書 ルカによる福音書 15:3–6 新共同訳)
「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」(新約聖書 ヨハネによる福音書 10:11 新共同訳)
このシグネットリングに刻まれているシーンは、ローマにある(この墓所のために土地を寄贈した女性の名前と言われている)のカタコンベ(地下に造られた共同墓地)の壁画などでも描かれています。

Good Shepherd / 善き羊飼い / 3世紀後半頃フレスコ画 / ローマ・Catacomb of Priscilla 天井画
これまで印章指輪は主に権威や身分の証として用いられてきましたが、このようにキリスト教の文脈では、身分を示すだけでなく、思想や価値観を表現する手段としても活用されるようになったと考えられます。
<結婚・婚約指輪としての印章指輪>
また、現代では一般的となっている結婚・婚約指輪もこの頃登場し、婚約成立の証として印章指輪が用いられた例も確認されています。こうしたことから、結婚指輪が登場するはるか以前から印章指輪は存在しており、装身具の起源のひとつであることがうかがえます。

Gold Finger Ring / ゴールド指輪 / 3世紀頃 / The Metropolitan Museum of Art 婚約指輪または結婚指輪として使用されたものとされる
やがてローマ帝国は衰退とともに民族大移動の時代を迎え、社会は大きな混乱の中に置かれることになります。そのような状況の中で、文字を介さずに意思や権威を示す手段として、印章指輪の役割はむしろ重要性を増していきました。
ローマ帝国末期においても、印章指輪は権威や身分を示す重要な道具としての役割を失わず、人々の生活や社会秩序に根付いていました。この伝統はその後の中世ヨーロッパへと受け継がれ、王侯や教会、さらには商人など多様な社会層において、権威や信用、信仰や個性を示す象徴として、さらに発展していくことになります。
【参考文献】
- 浜本隆志『図説 指輪の文化史』河出書房新社, 2018年.
- 『指輪』淡交社, 2000年.
- 『新共同訳聖書』日本聖書協会, 2011年.
- L’ÉCOLE(ヴァン クリーフ&アーペル ジュエリーと宝飾芸術の学校)編『メンズ・リング──イヴ・ガストゥ コレクション展』カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社, 2022年.
- Scarisbrick, Diana. Rings. London: Thames & Hudson, 2007.
- Clement of Alexandria. Paedagogus. III.11. English translation available at CCEL: https://ccel.org/ccel/clement_alex/exhortation/anf02.vi.iii.iii.xi.html(最終閲覧日:2026年4月12日)
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